右脳と左脳

この1週間を通して考えていたのは、
思考に囚われると感性がなくなる。というお題です。

表現とは感性であり、
頭で思考したことをどのように理解し言動にするか。で、その人の個性として表現される。

その本質は、自分がどうしたいのか。
それでもって、どの視点で解釈するのか。

いろいろと勉強になりますヾ(´・ω・`)

 

コメント

  1. わだぱんまん

    お仕事お疲れ様です(^-^)

    感性ですか…(-ω-)ウーン

    自分は仕事場で後輩指導の時は言葉を学ぶ、知る事を奨めますよ( *・ω・)ノ

    熟語、故事成語、諺、様々な言葉とその成り立ち、由来を勉強すると、説明がしやすく、理解も早くなります。

    表現=感性ならば、その表現を説明出来ないといけないのではないかと思いますし。

    それは芸術でも同じく、言葉を知らなければ、その素晴らしさを表現、説明出来ないです。

    わだぱんの心の師ヤン・ウェンリーとその養子ユリアンとの会話で成る程と思った言葉があるので、抜粋します。

    言葉では伝わらないものが確かにある。しかしそれは言葉を使い尽くした人だけが言えることである。
    言葉は心という海に浮かんだ氷山のようなものだ。海面から浮かんでいる部分はわずかだが、それによって海面下に存在する大きなものを知覚したり、感じ取ったりすることができる。
    言葉は大事に使いなさい。そうすればただ沈黙しているよりもより多くのことを正確に伝えられる。正しい判断は、正しい情報と正しい分析により初めて成立する。

    いろいろと大変と思いますが、頑張って下さい( ̄0 ̄)/

    あんたなら出来るよ by サマーウォーズ

  2. わだぱんまんさま★

    こんばんは!
    いつもコメントありがとうございます(*^^*)

    心の師はあらゆる事を教えてくれますね(*´∇`*)
    ネットで検索すると、ヤンウェンリーの名言集がめっちゃ出てくるわけです!

    わだぱんまんさま然り、言葉を本当に丁寧に使っている人は、言葉の意味も海面下のその言葉の威力も、正確に理解しているからこそ、相手にも自分にも丁寧で在れるのですね。

    言葉も施術も、頭で知識を理解していても、そこに本質が伴わなければ全く別物になってしまう。

    本当の意味を間違えて覚えた諺もあれば…類義語でもニュアンスの違う熟語があるし…
    言葉を聞いた事があったとしても、使えない日本語がたくさんあります〜(*_*;
    私も少しずつお勉強します♪

    コイコイッ!!!!!

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